| BIG NOZAKI & Aloha Hawaiians | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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野崎茂則がバンマスのBIG NOZAKI & Aloha Hawaiiansは2000年頃から毎年の湖水祭(8/1)で地元仲間内だけでの演奏会だったようだが、管理人もバンドでギターを弾いてたこともあり「ギター弾いてくれよ」の一言でバンドに参加させていただいた。一番驚いたのは当時ベースに紀伊国屋旅館の河辺氏が在籍していたこと。BIG NOZAKI & Aloha Hawaiiansは元箱根のスナックみたいな店でライブ。大雨の中、東京から駆けつけた。セッティングをし、演奏も始まると地元の方達だろうか「ハルト〜」「河辺〜」などと声が飛ぶ。ちょっと待って・・・河辺?ハルト?・・・「もしかして、紀の国屋バンドの河辺さんですか?!」本番中に思わず声をかけてしまった。彼は満面の笑みで「そうだよ!ほらな〜、俺って有名人だろ?!」と地元の仲間に。30年後に再会するとは・・・レコードも持っていたし、次の週にデジタル化したCDを持参。1970年代に渋谷屋根裏等で紀の国屋バンドのライブを何回か観た。
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画像は紀の国屋バンドのレコードから管理人がCD化した。ほぼ犯罪か。元々、紀の国屋バンドを観に行くようになったのはアメリカ西海岸のバンドCOLD BLOODの曲を演るというので観に行っていた。この裏ジャケデザインもCOLD BLOODを参考にしたデザイン。河辺氏はハードなプレイをする方で、近年も「ジミヘン始めました」で、やっぱりハードがお好きのご様子。
毎年8月1日には再会し、1970年代当時のバンドの話し等で盛り上がった。その後は本業がお忙しいのかバンドを脱退された。ジャケットのバンドメンバー全員での画像の両端は清水氏兄弟。弟清水氏は日本の音楽界では有名なアレンジャー。兄清水氏はパーカッションプレイヤー。何年前だろうか、高円寺ジロキチでお会いし、河辺氏の話をしたら喜んでおられた。すっかり河辺氏の話になってしまった。
野崎茂則は若い頃から観光船上でウクレレ片手に「バイショー」をしていたらしい。その後は本業も忙しく、数十年後に息子さんから誕生日祝いにウクレレをもらったそうで、それから「火」が点いてしまったそうだ。最初の頃は軽トラの荷台で、和心亭豊月のご主人、箱根町の議員も兼務されていた杉山氏と2人で演奏していたようだ。写真を見た記憶がある。なんでもかんでも凝り性の野崎茂則、毎年バンドも人数が増え、楽器担当メンバーも増え、機材も増え、しかしコロナ渦をきっかけに演奏イベントは終了。終了数年前からはフラダンスの女性グループの方々にも多数ご参加頂いた。いつものラストナンバーはアロハオエ。この曲が始まると花火が上がる・・・。










































